先月12日に発売された佐々木典士さんの書籍「ぼくたちに、もうモノは必要ない。」が、5万部を
突破するヒット作になっている。部屋に置く物を自分にとって必要最小限にする「ミニマリスト」の
生活を提案するもので、物を減らすと思考や生き方も変わってくるのだという。なぜ人々は、
「ミニマリスト」生活に惹かれるのだろうか。
千葉県千葉市の大学院生の男性(25)が住む一人暮らしの部屋には、机、本棚、ベッド代わりにも使う
長イスがあるのみ。去年まで住んでいた宮城県仙台市の部屋も、机代わりに使えるもらいものの
足踏みミシンとピアノが置いてあるだけで、夜は寝袋で就寝していた。食器は茶碗が1個、どんぶり1個、
コップ2個、タッパー2個。フライパンと鍋が1つずつ。テーブル代わりには木の板を使っていた。
自分に本当に必要なものだけを身の回りに置く生活をして、2年以上になる。
以前は家具にこだわりがあって高価なものを買い、服もお気に入りのブランドに月3万円程度の
お金をかけていた。そんな生活を見直す契機になった一因は、2011年の東日本大震災。仙台市の
大学に通っていた男性は、震災で多くのものが失われていく光景を目の当たりにして、「積み上げたものの
意味のなさを感じた。物を所有するということの優先順位が下がった」と話す。
大学を休学して被災地のボランティアで現地に滞在することが多くなり、家に帰ることが少なくなった男性。
「意外と物がなくても生きていける」と感じたという。復学した2013年、市内の別の場所に引越した。
自分にとって本当に大切なものは何かを考え、部屋に必要最小限の物だけを置くことにした。すると、
「自分を律することができ、頭がクリアになった。心が散漫せずに集中できるようになり、考えが整理
しやすくなった」と生活の変化を感じた。「身の回りの物について考えることは、自分の心や生活と
向き合うことにつながる」と、男性は話す。
「ぼくたちに、もうモノは必要ない。」の著者、佐々木典士さんは「ミニマリズムとは単に物を極端に減らす
ことではなく、人それぞれが自分に本当に必要な物を考えること。自由な一人暮らしでしか実践できない
ものではなく、家族がいてもそれぞれが大切なものを軸にして物を減らしていけば、ミニマリズムになる」と
説明する。佐々木さんの部屋には洗濯機や冷蔵庫などの家電はあるが、居間の床にはテレビもテーブルも
なく、何も置いていない状態。持っている服も全部で合わせて10数着程度だ。
かつては本が山積みになり、物があふれる部屋に住んでいたという佐々木さん。「ミニマリスト」という
言葉に出会い、部屋から必要以上の物を減らしていくうち、少しずつ生活や考え方が変化していったという。
「自分にとって本当に必要なものを自覚したことによって、『こんな服を持っていなきゃいけない、こんな家に
住んでなきゃいけない』など他人の生活と比較したり、見栄を張ったりすることが全くなくなった。
他人の生活と比べることがなくなったことで気持ちが楽になり、将来への不安がなくなった」
佐々木さんは「ミニマリスト」の考え方が支持を広げている背景を、「今の時代、誰かと比較して将来を
不安に思ったり、現在の生活水準を維持できなくなることを恐れたりしている人が多い。東日本大震災の
影響で価値観が変わった人も多く、何か起こったら身軽に行動できる生活が時代に即しているのかも
しれない」と推測する。
物があふれる時代に、「本当に必要な物か」を考えながら物を減らしていく「ミニマリスト」たち。身の回りに
ある物の意味を考えることが、物を選ぶ自分自身の行動や生き方を見つめ直すいい機会となるのかもしれない。
ソース/THE PAGE
http://thepage.jp/detail/20150709-00000002-wordleaf
なんにもないぶろぐってミニマリストのブログ見てみろ。
この人もきっかけは震災らしいが旦那も両親も巻き込んで見てて引くレベルのミニマリストやらぶりを発揮してるぞ。
>>1の男もきっかけは震災みたいだけど、要するにミニマリストやらの人間は鬱状態なんだよ。
人間が物欲が無くなった時ってのは生きる気力もなくなってる時だ。
自分にとって何が最低限必要か?幸せになれるか?の判断力を養おう
一つもないんだが。貧乏に見られる方が生
きやすい。分相応、もしくはワンランク下
を装うぐらいで丁度良い。
>>522
軽井沢行ってみ
全国各地からベンツ&BMの山
ウチの車ドヤぁ~って見栄の張合い決定戦だから
ベンツ乗ってるし、軽井沢にリゾートにも行くけど、そんなこと考えたことがない。
好きで乗ってるだけ@東京
>>561
年収も資産も一般人の10倍ぐらいあるやつが、一般人の3倍ぐらい価格のクルマ乗ってるだけであっても
「あいつは高級外車を乗り回してやがる」みたいな見方するやついるんだよな
確かに乗ってるクルマで年収や資産なんてわかんないけどさ、ふつーに考えりゃ
基本的には各自分相応のクルマに乗ってるだけだろって考えるべきだよなあ
まあ、これといった趣味もないし、若いころから土日も盆暮れも20年以上、仕事以外何もなかったから、
そこそこの暮らしはできてるけど、もし、ひけらかしてると思われるならそれは気を付けないといけないのかもしれないね。
暇と退屈をどうするかという事になる
後小遣いもらってる四十代
頑張ってるよ!!
基本的な衣食住に不自由せず、時間もたっぷり使える生活だから出来る
極端なように思える
そのほうがショックがあって受けがいいんだろうけど
ミニマムで何となく思い出したのが
昔やった ブッシュマンという映画 何もないが故
手にしたコーラの瓶ひとつに 好奇心が炸裂する奴な
個人にとっての必要なのか、社会生活を送る上での必要なのか、で微妙に違ってくるなぁ。
圧政で経済成長しなくなったので
物がだんたん供給できなくなる。
バターのような扱いのものが増える。
モノはまた買える
みたいな感じで落ち着いた人は多いんじゃないの
震災ショックのときに。
どの辺が「必要最小限」なのか、という範囲を確かめるという作業自体は
悪くないと思う。無意識的にやっていた無駄は省けるだろう。
「最小限」と比べて意義深い「充実した生活」を志向する事まで否定する
のは本末転倒だ。
偉そうにミニマリストとかっつー訳分かんない
概念産み出して悦に浸ってるだけのヴぁか
どもでしょ。
茶碗一個、どんぶり一個……っても現代日本の
平均値よりは慎ましいですよってだけで
電気もガスも使うんでしょ。それ無しで
暮らしてる人達も世界には山ほどいんのに。
削り削ってきゃ葉っぱ一枚で充分なのに、
無駄に服来て無駄に資源消費しといて
『本当に必要か』ってのが笑わすわ。
だいたいこーいうヤツら一昔前に”清貧”
とかっつって一回ブーム去ったよね。
二番煎じで粋がんなっつーの。
買う前にわかるか、わからないか
これだけで随分変わってくる
何もかも流されたりしてそれどころじゃない人は普段着だった
葬式ってもまとめてとりあえず埋めるとかそんな状態でもそんな感じだったわ
人に依存してる奴やべー。
いなくなったらどうすんだ?
50代になると早い人だと逝ってしまう人が
ポツポツ出てくる。喪服と喪靴と喪時計、
喪タイピン&カフス、数珠は一応スタンバ
イさせてある。遺族が世間並みの形で送り
たいと思っておられるなら、参列者もその
気持ちに応えるべきだ。
慌てて買うと無駄に高くなったりするし
何にもなくても安くなってる時に買ってそうやって小物と香典袋とセットにしておくと楽だわ
人付き合いなくても働いてれば会社関係はあるしね
>>574
わかるよ。
ある程度の年齢になって、その程度も買い揃えておけないというのも恥ずかしいと思ってしまう。
自分は凡人だからそれほどこだわりはないが、組織のトップや国を代表するような政治家なんかはやっぱそういう経費がばかにならないだろうな。
欲望が人を不幸にするなんて言うもんな
常に飢えてるやつの不幸っぷりは凄まじい
まあこの考え方はわかるよ
でもこの考えの行き着く先ってルンペンよね
よい物に金を出さずに、ただその日その日を
適当に過ごせたらよしとする考え
ミニマリストは楽ろうけど、その生き方は
他人を幸せにしないし、あまり価値がないね
そういう他人からの価値判断すらどうでもいいんだろうけど
それは、本当にルンペン、ホームレスの価値観だよ
* なにも しない しあわせ*
ゆっくり ほっこり いきていこう *
かぞくと のんびり できるだけで とても うれしい しあわせ*
ほっこり*
既存の価値観に唾を吐き、物質社会に唾を吐き
まあ楽だよそういう生活は
いくら持ってるか、何を持ってるかを他人と比べない、
物の良し悪しとか考えない、自分のインナーワールドだけで完結する生き方
そういう人もたまにいるよ
駅前とかでボロボロの服着て歩いてるあれだよ
俺人に囲まれている生活一時期
送っていたけど軽いうつになった
鬱って集団行動に適用しようとする人がなるもんじゃないかな
いつも一人でいるやつで鬱って聞いたことない
いじめとかはまた別だけど
このんで一人で行動する奴ね
いくら稼げるかや、なにを買ってるかは
その人の能力や目利きを可視化したものだと思うから
ミニマリストという生き方は、そこらへんに自信がない奴の逃げだと思うけどね
削ぎ落としたいという欲求も、強烈な煩悩だ
無気力でそうなっているのなら精神的に死んでいる
>>596
煩悩というのは煩わしい悩みのことだ。文字の通り。
煩わしいから削ぎ落とすであり、削ぎ落とす自体が煩悩じゃない。
病から解放されるようなものだ。健康を病気と言わないように。
また、無気力でそうするというのはありえない。現状に不満足だから、
そうするという改善、改良、成長というものが伺える。
たまに勝ち組でもあまり着飾らない人はいる
ジョブスとかゲイツがそうだね
彼らはやろうと思えば何だって買えるし幾らだって着飾れる
でも敢えてやらないというところに酔狂があるけど
無能者がミニマリストになるのは酔狂じゃなくて必然というか
単にそういう消費的な生活を支える能力がなくて
貧困の底に落ちてるのをさも思想であるかのように言ってるだけだよな
高齢無職童貞のネトウヨが「女は糞!」とか喚いてるのと変わらないよ
だけどさ、身なりに気を使わない年寄り見てるとそれはそれで悲しくなるよ。
その年齢まで何をしてきたんだろうと。
あんな欲おじさんになりたくない、というのだって欲じゃん
結局、貧乏人の言い訳、かっこつけでしょ
オマエラが年収2000万あったら絶対にミニマリストになんかならんよ
消費生活をあえてやめたんじゃない、
金が無いから生活のランクを下げただけ
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