「断捨離(だんしゃり)」とは、執着を「断つ」「捨てる」「離れる」という
ヨガの行法哲学・実践哲学に由来する言葉(造語)。
モノは、入り口でストップの「断」
いらないモノは、捨てるの「捨」
モノから離れて、片付けから自由になるの「離」
そんな断捨離を常に心掛け、すっきりと美しく暮らしましょう。
不要なのに必要と思い込んでいるものがあるのかなぁ
アドバイスのひとつに過ぎないのだから、すでに整理されてるのなら良いのでは
買った頃の気持ちが薄まってて読み進む気にならないのもあることに気がついた
自分の場合、読んでて少しでも嫌気がさしたら、もう廃棄ですね。
教養のために読む本より、娯楽のために読む本が多いんで、読んで気が進まなかったら、もう全然未練がなくなりました。
今その状態でバッサバッサと処分の山へ移動してます
思えば雑な買い方してたなーと
作家検索して読んでないタイトルを片っ端からポチポチっと…
似たようなタイプの作家もポチポチっと…
反省しました
そう、作家検索 それが無駄な本を増やす大きな原因に。
ある歴史小説家、確かに今読んでも面白い小説はある。ただ、随筆や座談会物はさすがに十年くらい前に死んだ作家だから、
間違ったこと言ってるわけじゃないが、ひたすら古い、今日的な価値はほとんどなさそう。
ってことで随分捨てれました。
高校時代に読んだ本
読み返さないのになんでか捨てられない
知り合いは「本を手放すと自分の頭の中身がなくなってしまうような気がする」と言ってた
私もその時はなんだか納得したんだけど
情報系の本は中身がどんどん時代遅れになるし
小説にしろなんにしろ読まないものを取っておくのは単なる死蔵で意味が無いんだよね
あと過去の栄光にしがみついてるような自分が嫌だと思ったら私はサクサク捨てられた
その本は私の血肉に完全になったと思えたり
歳をとった今の自分には合わなくなったと感じたりしたら手放せた
まだもう少し減らすつもりだけどMAX時の3分の1ぐらいにはしたよ
そしたら奥さんが柔軟剤の詰め替え用パック買ってきて、何でも棄てるなとか言いやがる。
気分で使う柔軟剤なんか要らねーんだよ。風呂も石鹸で洗う俺を見習ってほしい。
おかずも洗い物が大変だからそんなに要らないよ。家事を早く終わらせてゆっくり休んでね!
「膨大なコレクションの一部を整理しただけ」はそれは「断捨離」ではないよ
「断捨離」というなら「家の本棚ごと本を全部を処分した」、ここまでやって初めて「断捨離」となる
勘違いしないで欲しいが、何でもかんでも貴方に全部捨てろと言ってるわけではないよ
捨てるか捨てないかは個人それぞれ
たくさんある本やDVDの一部の不要品を処分しました、ではそれは「不要品処分」でありただのゴミ捨て
「本を全部捨てもう買わない」「DVD全部捨てDVDから離れる」そこまでやって「断捨離」となる
「一部不要品処分」は「断捨離」ではない
>>625
まあ、何度も繰り返された議論をすることになるのだが、今本当に大切なものだけ残して後は捨てろというのが断捨離
何でもかんでも全部捨てろというのはむしろミニマリストでしょう
昔好きだったとかいつかまたいるかも、とかの執着から離れろってことじゃなかったかな?
「捨てるのは“もったいない”、捨てないで持っているのが美徳」という旧来の“常識“を
「持ったままは“もったいない“、持たずに捨てるのが美徳」という考え方にひっくり返した
これがモノ余りの今の時代にフィットした
だから広まった
今「それを捨てずに持ってることがモッタイナイ」
http://ai.2ch.sc/test/read.cgi/souji/1501808704/
コメント