お勧めの断捨離の書籍とか教えてもらおうかと。
そもそも本自体も無駄に増やしたくないんで、買うまでの情報なのかと・・
ダイエットしたければ飯を減らす
部屋を片付けたければ物を捨てる
理屈はこれに尽きる
この単純な理屈に贅肉をつけただけの本など読まなくてよい
誰にでもわかる理屈を再確認するために贅肉部分を読み、金を払うのはあまりに馬鹿らしいからだ
さらに言えば、読んだだけで理屈を実行できるようになる本は皆無だろう
(実行できる気にさせてくれる本はいくらでもあるが)
この手の問題は
思い立ったら実行し習慣化することに尽きる
習慣化するまでの我慢ができるかできないか
それだけなのだ
って事は、中途半端に汚いから気になるんだよ、いっそゴミタメで生活すれば良いんじゃね?
でも俺には無理だな
女性のライフステージ別(結婚、出産、老後)の収納計画を
上品な文章で書いてある。ただ具体例は少なめ。
「美しく」生きるために収納という言葉が印象的。
きれいな部屋を維持中の人におすすめ。
日々、断捨離に勤しむ様々なダンシャリアンさんたち。
日々、ダンシャリアンさんが、手放しているモノも様々。
それは、まったくのゴミだったり、しょうもないガラクタだったり。
または、飽きてしまったお稽古ごとだったり、義務感ばかりのサークル活動だったり。
あるいは、それに伴う人間関係だったり。
そして、不安、怖れ、期待、願望、とうい執着も。
けれど、人生においての最大の手放しは、肉体を手放すこと。
そうだ、人生の一番大きな断捨離は、肉体を離れること。
人生の大断捨離、それは「死」
誰もが、絶対に経験する、人生においての断捨離。
避けることなどできない「死」とうい断捨離。
そう思うと、人は皆、誰でも、究極のダンシャリアン。
そう思うと、めいっぱい人生を愉しんで、生き抜きたいと思うのだけど。
肉体を手放す時がくるまで、精一杯に。
肉体を断捨離したらそれで全てがきれいに終わるわけではない。
次の世代にガラクタの処分や借金、ややこしい人間関係などを押しつけないようにしたい
ものだね。
人生においての最大の手放しは、肉体を手放すこと。
人生の一番大きな断捨離は、肉体を離れること。
人生の大断捨離、それは「死」
誰もが、絶対に経験する、人生においての断捨離。
避けることなどできない「死」とうい断捨離。
多少高くても頑張って貯めるから、楽に断捨離出来る薬を売って欲しいな。
断捨離したくても出来ない人達は沢山いるはず。苦しまず眠るように断捨離が出来ればそれを希望に生きることも可能だと思う。
ダンシャリアンはだめだなんかきもちわるい
何を捨てようか考えただけでなんかわくわくしてくる
今のところ必要なものはない
何もないこの空間がいい
エアコンもできれば捨てたい
冷蔵庫も電子レンジもベッドもない
あるのは玄関のゴミ箱だけ
これから2週間で本当に必要なものだけ移してあとは捨てよう。
うちの親父が数年前に亡くなった時、ゴミ(親父は必要だと思ってた物)の処分が
ものすごく大変だった(処分する費用もかなりかかった)
捨てたのが、もう着ないサイズの合わない昔のブランド物の服で、
残したのがスーパーで買った安物の服ばかりだったとき、何か虚しかった。
捨てても後から取り戻せる(買えば手に入る)ものだけ捨てれば良い。
俺も借金があって(親の肩代わり1,000万円)があった頃は
ガラクタでも手放したら二度と手に入らない気がしてゴミ屋敷になりかけた。
時代が”過払い請求の波”になってくれて、いきなり手元に200万入り
冷静に考えることが出来るようになって、殆ど捨てた(2tトラック3杯分)
今は逆にほしい物もなくなり、無駄遣いもしないしスッキリした暮らしになった。
なに捨てようかなぁー?
毎回ごみの日は『捨てる子はいねーがー』となまはげになる。
出版社の者だろう、立てたの。
>>140
逆にいらないもの捨てるなんてのは片付けの基本だから
このスレがあるのもあたりまえ
数年ごとにこういうのがブームのように取り上げられるのもあたりまえ
数年前にも脱アーカイブ特集とかよくあったし
というわけで業者とかは関係ないと思う
全然まともな話ないんだね。
本読んで(やました著じゃないヤツ)モチベーション上がって捨てまくったクチだけどな。
二番煎じといえばそうだし。
結局はどの本でその人のモチベーション上がるか、
捨て捨てに勢いがつくか、
好みとか、性格とか、相性の問題なんじゃない?
要らない物を捨てるのは誰でも日常にやっている(一部の人間を除く)
その要らない物が取って置けばいつか役立つと思ってなかなか捨てられない。
例えば俺のこのPCの保存ファイルなんだが、毎日増殖を続けるテラバイトを
遥かに越える膨大なデーター
いつか閲覧する事もあるかとなかなか整理(削除)が出来ず、現在はすでに本当に参照したい
データーをピッキングする事も時間が掛かり難しくなってしまった・・
しかし、捨てたくても捨てきれない・・いつかは使うと思ってしまうエロ画像。
物を持たない(無所有)≒断捨離が定着したら経済はガタガタになるからな。
宣伝という洗脳によって売りつけられてきたことに対してもっと憤慨すべきだ
昔からやっている
仏壇や先祖の写真とか捨ててもおk?
俺にとっては見たこともあったこともないんだけど
親父は大切にしてた見たいなんあだけど、なかなか捨てるもの気持ちが悪いんだよな。
>>164
地元のお寺に納骨堂ができて
うちの親がそこに入る権利みたいなのを買った時に
購入者に対する説明会があって>>164的質問が出たのね。
その時のお寺の人の答えが要約すると
「あー、お住まいの自治体のゴミの区分に従って捨ててねw」だったので
あまりにさっぱりしててワロタです。
ちなみに浄土真宗です
>>165 ありがとうございます。
それを聞いて安心して粗大ごみに出します。
前に神棚の処分に困った時も、土建の知り合いに聞いたら
”普通にぶっ壊してまとめて産業廃棄物行きだよ”って聞いたんで
家のも御札だけ神社に正月に捨てて、本体は壊してゴミに出した。
>>164
参考までに↓
29 (名前は掃除されました) 2009/12/04(金) 12:39:43 ID:rWzbVTvx
ドライな方向けのお仏壇の処分の仕方です。
本当にいい素材(黒檀などの唐木)を使っているお仏壇は
釘を使わずに接着剤で組み立てられているので、バール等で叩けば簡単にバラせます。
突き板を貼ったり表面に塗装してあったりするだけのお仏壇も、軟らかい木材を使ってい
るのでやはり簡単にバラせます。
神棚も同様。見た目の割には脆い物です。
バラバラにしたら板を縛るなり袋に入れるなりしてお住まいのある自治体のルールに従っ
て可燃ゴミの日に。
元解体屋からのアドバイスでした。
>>180
↓の“ぬいぐるみや人形”とかを“仏壇や写真”などに適当に読み替えてどうぞ。
433:(名前は掃除されました) :2010/10/07(木) 19:10:45 ID:Arb7dQup
ぬいぐるみや人形はたかだか繊維や樹脂などがキャラクターの形をとっただけの物体。
生命もなければ魂もない。
持ち主は感情移入してぬいぐるみに人格を見ているが、それは単なる勝手な思い込み。
ぬいぐるみを捨てるとゴミ焼却場で燃やされ煙と灰になる。
だが煙や灰はやがて雨や土となり、植物に吸収され、動物に食べられる。
今度は本当に魂を得た生命となって空を舞い大地を駆け巡るのだ。
”次の神様は鏡です”ってなったとたん、全部叩き壊したって話を聞いて
信仰なんて要らんよと思った。
銀行の待ち時間においてあったクロワッサンの断捨離特集読んだ。
断捨離を実行したお家のビフォーアフターの写真が載ってて、
確かに片付いているんだけど、まだまだ物が多いなって思った。
断捨離って言葉から、究極まで自分に不要なものを
そぎ落としていくことなのかと勝手に想像してたけど、
単なる大掃除・整理整頓の域から出てないような気がした。
パソコンだけでなく念のためにサーバ上にバックアップを取っておくと安全
「(中古17年)最初不動産屋さんと内覧に来た時はきれかったのですよね、
子ども3人…うーむ、うちは4人だあ。捨てなくては!なあ?!」と、
知人の旦那が嫁(知人)に同調を求めた。
ん?掃除もしてるし、どういう意味だ?
後日、30畳のLDKが物で溢れていることにショックを受けたらしいことを知った。
今よりちょっとくらい広くなっても駄目だと気づいたらしい…
しかし、ちょっとやそこらでは捨てられない
税金の控除の枠を超えても地下室を用意したらしい
いま、お互い競うように《断捨離》報告メールしあっている
スッキリしていいんじゃね?
本も、特集も読んだ。
やる気になる原動力の一つにはなったね
昔から分かってることだけど、《断捨離》ネーミング気に入ったかもw
ダンシャリアンてのも?!おもしれえw
悪いけど、物凄く解りづらい文章です。
断捨離ってあんまり評判良くないのね。
自分はカレン本を読んだことなかったから
断捨離ブログと本に刺激受けてモノを捨てまくって
母親にも本を強烈にプッシュしたんだけど
溜めこみ系のオベヤリーナな母が興味を示して若干モノを減らし始めたよ。
今まで捨てる系の本やらTVやらには見向きもしなかったのに。
スピリチュアル(江原、美輪)が好きだから
ヒデコさんの本の独特の雰囲気とか言い回しが
ぴったりきたのかもしれん。
「断れない」と、悩む人がいる。
「断れない」と、口にする人がいる。
断れない・・・とは、不思議な悩み、奇妙な言葉。
そう、「断れない」も、「捨てられない」と同様な感想を持つのだけれど・・・
けれど、少し違うよう。
先日、セミナー会場で目撃した光景。
自由参加の懇親会への参加・不参加を問う受付スタッフさん。
彼女は、ただ、二者択一の質問をしているだけ。
参加なさいますか?
参加なさいませんか?
けれど、その答え方が、参加者と不参加では、見事に違う。
「はい」と、結論を一番に言うのが参加者。
不参加者からは、「いいえ」という結論は、最後まで聞こえてこない。
あの~、子供が小さいので・・・
あの~、仕事が立て込んでいるので・・・
あの~、あの~、あの~
不参加の方々、例外なく、申し訳なさそうに不参加理由を、並べ始める。
受付スッタフさんが、不参加理由を求めた訳もなく。
彼女は、ただ、参加人数の取りまとめをしようとしているだけ。
人は、断ることは、相手に「すまない」ような気になるらしく。
人は、断ることは、相手を「傷つけた」ような気になるらしく。
そう、人は皆、優しい。
けれど、もしかして、そこには、こんな自分が見え隠れしているのかもしれない。
人に、良く思われていたいわたし・・・
人に、悪く思われたくないわたし・・・
そこに気がついたら、随分と、断り方も磨かれていくように思う。
どうでしょう。
コメント